その他の条件

 スマートフォンについて。
 ガイガーカウンター(センサー部分)を3,000円程度で手に入れてあり、iPadに接続して使用しているので、いつかはiPhoneにしようと思っている。今回のモニターが万が一あたったら、すぐにiPhoneにしよう。どうやら、スマートフォンでのやりとりも必要なようだ。

 充電設備。
 ここまで書くと何のモニターかわかってしまいそう。この工事費も含めて、今回、一気に未来型の生活を実現しようかという試みである。

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ブログ、再開します

 「ブログをやっていることが条件」というモニター応募案件があって、ブログを再開することにしました。最近は、およそFacebookに頻繁に書いてますが、この先数ヶ月は最低(^o^)、こちらにも書き込みを頻繁にしていこうと思います。
 しかし、ログインしたら、前より使い勝手が数倍良くなっていますね。以前はどうも厄介でしたが、これなら頻繁に書き込めそうです。( ̄ー ̄)ニヤリ

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人生花づくし

 出張先の札幌の呑み屋で一人飲んでいた時、ビールの下に敷かれていたコースターに、このような詩が書かれていました。引用します。

親の教えは きくのはな

人の悪くち くちなしで

頭は垂れて ふじのはな

笑顔あかるく ひまわりで

愛をはぐくむ ばらのはな

心清らか しらゆりで

世は移ろいて あじさいの

月日は早く たちばなで

散り際さやか さくらばな

先は浄土の はすのはな

 これは省略版ですね。湯飲みも売ってます。↓

http://www.a-omamori.com/g_jinnseihana.html

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土浦に想う平和の意味

 第79回 土浦全国花火競技大会

行ってきました。久しぶりに桟敷席が取れたので。

 中盤の見せ場、ワイドスターマインの後半です。お楽しみください。(約2分30秒 YouTube)

http://www.youtube.com/watch?v=OCjl4rYhscc

 お寺の和尚さんが、兵隊さんの慰霊と商店街の賑わいのために始めたのがこの大会の始まりとか。

 土浦のそばにあったのが予科練。最近平和記念館もできました。若い命は特攻隊となって、二度と戻ることはありませんでした。この花火を見るたびに、胸が熱くなるのです。

http://www.town.ami.ibaraki.jp/yokaren/index.html

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和之家豚

 大学院GPで以前見学に行った和家養豚場 http://www16.ocn.ne.jp/~wakefarm/

の和之家豚(豚肉)。いただいてきました。レストランは、

四川厨房 美(Mei) http://www16.ocn.ne.jp/~wakefarm/mei.html

Img_0057

写真はロースステーキ(\1050)です。「豚肉の脂身を残す子どもも、うちの豚肉の脂身はおいしいと言って食べる」。和家さんがそうおっしゃっていた理由がわかりました。脂身がとろけるように美味い! この他に、お勧めなのが、酢豚。赤身が柔らかく実に薫り高い。

最後は、あんみつで仕上げました。中華料理のお店であんみつ? 「大きい白玉ですね」と言ったら、「いえ、これは、茹でごま団子です」。これが、また、おいしいこと!

 「次回は、これとこれを食べよう」と最後にもう一度メニューを眺め、帰宅の途に就きました。(* ̄ー ̄*)

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今日のcitation artとscienceへのヒント

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 絵とはどんなものを描き、どんなふうに表現するかということを考る場合、ゴッホの研究が大いに役だつと考えられます。

 この頃では、絵を観る目が深まって、昔風に絵の評価をする人は少なくなっていますが、それでも、きれいな絵、うつくし絵、手際よく描かれている絵といったものが、いい絵だというように考えている人も少なくないようです。(中略)あたかもカラー写真で撮影される効果と同じようなものを期待する傾向があるようです。/要するに、自然を見てそこにあるものをできるだけそっくりに説明することが、よい絵であるというように思うことです。/もっと具体的に言えば、手本になるものをできるだけよくまねることが大事なことだというのと同じになります。

 この考え方は、よい絵ということの昔風な考え方と言ってもよいでしょう。/なぜかというと、絵は一つの芸術として高められるところに価値があるからです。/カラー写真で風景を撮影したものは、人の手によって描かれる形や色にくらべたら、もっとも正確で、とうてい人の指先で表すことのできないものまで、忠実に説明されます。/しかし、手の先で表現する絵では、とうていそんな仕事は不可能に近いことであります。ですから、そこにあるものをそっくりそのまま説明しなければならないということを、人が描く絵に期待することは無理なことなのです。もし、そのことが可能だとしたら、絵はがきに印刷されるものは、すべてよい絵とならなければならない理屈になります。絵が芸術として高められるもっとも大切な点は、ものの形や色を、そっくりそのまま、まねるということではないのです。

 それは、描く人の心の中にあるものが、どのように表されるかということであります。/外のけしきを眺めているあいだに、心の中にだんだん高まってくる感情や思想をまとめて、それを色や形などの媒介物を使って人々の心に訴えようとすることが、絵を描くことの基本になっていなければなりません。このために、絵はだれが描いても同じようにはならないし、また描く人の心もちが、その人独特のものになることが望まれるわけでもあります。/個性的な表現が芸術という世界で尊ばれる理由も、ここにあるのです。

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松原郁二 1966 解説・情熱の画家ゴッホ 長谷川喜久一『ゴッホ』ポプラ社 p.164-166

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9/22 天体ショー

 2010年9月22日は(1)中秋の名月、(2)木星が衝、(3)天王星が衝。つまり、太陽、地球、月、木星、天王星がほぼ一直線に並びます。日没後しばらく時間をおいて、南東の夜空を見てみましょう。(正確には満月は1日ずれてます)

   ○   ・・         ・               ・

  太陽 地球 月     木星             天王星  

http://www.astroarts.co.jp/alacarte/index-j.shtml などを参照のこと。

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今日のcitation ブタとジャガイモ 環境問題と産業革命に関連

・・・森の変容
 もうひとつ、ジャガイモにまつわるエピソードを紹介したい。ヨーロッパではジャガイモは、
普及当初は主に豚の餌だった。中世、豚は森で放し飼いにされていた。森のどんぐりが豚の餌だった。中世の文書に「豚○○頭を飼育できる広さの森」という定式句が出てくるのはこのためである。
 ジャガイモが豚の餌となることで、どんぐりを生む広葉樹の森が別の目的で使えるようになる。木を切り倒して耕地とする、広葉樹の森の代わりに人間が利用しやすい針葉樹の森をつくるなどの新しい試みが始まり、そしてそれは時間とともにある種の効果をもたらした。豚肉やそれからつくるハムやベーコンがジャガイモとの最高の組み合わせを生み、人々のジャガイモの消費を急増させていくのである。もっともそれは、「森の変容、消滅」という大きな代償を支払ってのことだが・・・・。
伊藤章治(2008)『ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」』中公新書, p.82. 下線は引用者による

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今日のcitation WWIIの真相

・・・今から80年前、米国の株式市場の暴落をきっかけにして世界大恐慌が発生。景気は奈落の底に落ち、株式市場も急落した。それに対して、主要国は景気刺激のためにさまざまな経済対策を打った。米国のニューディール政策が知られる。

 当時の主な対策の中で、もうひとつ見逃すことができない政策があった。それは主要国の通貨切り下げ競争だ。政策的に自国通貨の価値を下落させることで、輸出を振興して景気の下支えを図った。ところが、各国が自国利益だけを考えて、それぞれの通貨を切り下げると、周りの諸国の通貨も下落することになるため、「通貨安政策」効果は減殺される。

 その結果、主要国は輸出先をめぐって利害を対立させた。当時の列強が、輸出先としての植民地を争奪することになり、それが最終的に第2次世界大戦へとつながったとの見方もある。それに似た現象が今起きているともいえ、大恐慌の教訓から学ぶものがあるはずだ。・・・

茨城新聞「にっぽん診断」 真壁昭夫(信州大学教授)円高は生活水準に影響(2010.9.18, 10面) 下線は引用者による。

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あと1m高かったら

 2010(平成22)年2月27日(現地時刻03:34am、日本時間15:34pm)、南米チリで発生した地震による日本への津波。茨城県では2mの津波が押し寄せるという警報でした。大津波ではないにせよ、大打撃になると直観しましたので、新聞で満潮・干潮の時刻を確認し、ボートで救助されることを覚悟して、携帯用発電機やら食料やらをリュックに詰め込んで、大洗の海辺(の安全なところ)に到着予定時刻(28日午後13:30-14:30)に見に行きました。

 (海抜1m程度の低い道路の真ん中で!)警察は海岸への道路を封鎖し、消防(または消防団)は注意を喚起する鐘を鳴らしながら行き交っていました。水族館、科学館、ショッピングセンターは臨時休業となり、町から人影はなくなっていました。が、閉店した店の中には歓談する従業員も見え、呑気なカップルは仰々しい私の姿をみてニヤニヤして歩いていきます。「あの警官も、この人達、もうすぐ・・・」
 津波の到来は13:30以降の予想でした。水戸から鹿島線に乗ると、のどかな田園風景を楽しめます。「この辺は泥の海に化すかもしれない・・・」 

 友人とメールをやりとりし、テレビやインターネットの情報を入れてもらいながら、寒い中をじっと海面を見ておりました。漁船は陸揚げを避けるため、すべて湾の中を巡回しています。「南鳥島で10cm」。刻々情報が寄せられます。

 遠くの堤防を目印にしました。もし潮が引けば、堤防は下の方まで見えるはずです。「あの防波堤を越えるようなものが押し寄せて来るのだろうか・・・」。2階建てのモールから屋根によじ登る方法まで考えておきました。一時、防波堤の見える範囲が広がったように感じたのですが、見間違えだったかも知れません。結果的には、その程度でした。この国は神風に守られているのでしょうか?

 1960年のチリ地震津波による映像をマスコミが流し始めたのは、この日の午後、津波が来た後ではありませんでしたか? 津波が来る前に注意を喚起しないと、助かる命も助かりません。新聞やインターネットで満潮・干潮の時刻と津波の到来予想時刻を考え合わせた人、天気図を見て低気圧の有無を確認した人は、どれだけいたでしょうか。地球が球形であるため波が反対側では大きくなる・・・というのは、翌日の新聞で見つけられました。「先進国」、「地震国」でありながら、実に我々のリテラシーと危機意識は低い。

 私が従事している理科教育の実効性のなさが起因しています。あと1m津波が高かったら・・・。そう思うと背筋が寒くなりました。

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